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2020年12月25日金曜日

目の前にあるのが正しい道。

 

聖誕節の今日。


今住んでいる場所はこんな名の通りに

囲まれていたのに気づく。


なんだ、これから先の道は心配ない。



今までもそうだったし、これからも。
















Merry Christmas from Dalian.

I believe the road we go must be a right one.

Looking forward to coming days.






2020年12月23日水曜日

全市民検査実施の大連


先週大連で感染者が数名見つかり、大連は全市民検査。


昨日借りている部屋の大家さん経由で通知があり、
今朝近くのちょっとした広場へ。


行列ができているので、そこへ並ぶ。



















まず名前、パスポート番号、住所、電話番号などを
受付の人が名簿に手書きで記載。




















その後に喉の奥の粘膜を採取するPCR検査。


















「あーーー」と言っている間に終了。



















この検査は無料。
個人でクリニックなど予約して行くと有料。



日本の感覚だと少し大袈裟に見えるかもしれないけれど
どこにどれほどあるのかわからない状態よりも
顕在化されたリスクの方がずっと対応しやすい。



見えないから怖い。


これで市内の新規感染者が見つかるかどうか。
ひとまずここは落ち着いて結果を待とう。




















検査後においしいものをいただいて。


日本にたくさん中華料理店があるのと同じように
中国には日本料理店がある。



特に大連は恵まれている。



大連加油!





2020年12月18日金曜日

14泊15日の隔離生活を終えて


長いようで、短い。


時間を持て余すのかと思ったら、そんなこともなく。

無事に隔離を終えて、自由になった。



とは言え、ここは中国。

インターネットのアクセスには以前同様の制限があるので

なかなか日本にいる時のように投稿ができないのがもどかしい。



ちょうど隔離を終えてから1週間経過するので改めて

隔離生活のことを振り返って記録しておきたい。



<隔離生活での決まり事>


・部屋には誰も入って来ることができない

・掃除や洗濯は自身で行う

・部屋から出ることはできない

・毎日午前7:00~9:00と午後15:00~17:0に報告

・ベランダに出ることは可能

・食事は3食弁当が部屋の前に置き配される

・朝食は7:30頃、昼食は11:30頃、夕食は16:30頃に来る

・隔離中に抗体検査とPCR検査を行う

・別途食べる物やビールなどは注文することが可能



食事は毎日似ているものの、味は悪くない。


ある日の朝食












ある日の昼食












ある日の夕食













食事や体温報告もあるので毎日規則正しく、

朝7:30頃には起きて夜12時には就寝していた。



午前は掃除や洗濯をして、午後はニュースを見たり

仕事をしたり、本を読んだりと。



大体決まった時間に同じことをするリズムができて

それ通りに動くのが楽だった。



せっかく特別な時間だし、不自由を楽しむことを決め

追加の注文はせず、あるもので過ごす。



最終日に部屋から出る時は、2週間ずっと部屋の中で

暮らしたのでそこでに生活に愛着があり、寂しさを感じた。



いつかまた、あの同じ部屋に旅行で泊まりに行きたい。




2020年11月28日土曜日

大連へのリベンジと隔離生活のはじまり。


着陸してドアが開くと、防護服の検疫官が乗り込んできた。

乗客の体温をチェックしていたようだ。

降りるとまず、健康状態やコロナ感染ついて質問を
受けて、検体容器を渡される。


次に、PCR検査。


これは日本で先日受けた唾液によるものではなく、
よくテレビで見た、鼻や喉の奥に長い綿棒のようなものを
突っ込まれるあのタイプだ。


すぐ終わるものの、あまりいいものではない。


それから入国審査を受けて、預け荷物を受け取る。


晴れているのにスーツケースが濡れていると思ったら、
ふんだんに消毒液が吹きかけられている。


プールのようなにおいが……。


そして隔離の申し込み?の書類を提出。


同じ行き先が6人になったらマイクロバスに乗り込む。



まあ、寒い。換気のために窓を開けて走る。


外の気温は1度だ。



少し時を戻すと、成田空港は人が少ないのに
チェックインは大行列だった。


陰性証明書や中国検疫のアプリ情報入力確認で
時間がかかったんだろう。



搭乗前には頼まれていた山崎のウイスキーなどを購入。



乗客割合はどうやら在留資格を持っている中国人が多数。


今は機内食も普通に出るが経費削減か
いつものハーゲンダッツはオレンジゼリーに姿を変えていた。




そして再び、大連。



海が見えてきた。

ここの冬は東京のように晴れが多い。


隔離生活を送るホテルは外国人の場合二つあるようで
街中と市内から離れた海の近く。


今回来たのは後者だ。


到着するとまずWeChatのグループを追加。


ホテルフロントへの連絡用と体温報告用だ。


同じ時期に隔離されている人の名前や健康状態、
ビールなどの注文をしている、などは筒抜け。



こういった管理は便利だし、ここではそれに対して
文句を言う人はいない。



そしてようやく部屋へ。



















広い!


実はこの部屋の前に別の部屋に行った。

そこは少し暗く、少し狭かった。



後から部屋を間違えていたとのことでここへ。



















ガラス張りのバスルームは中国風。


そしてなぜか洗面台は2人同時に使用可能。



















何より、このベランダ!


海が少しだけど見える。


部屋から出られなくてもこれなら大丈夫。



















少し模様替え。


食事は3食弁当で、何か他のものを頼みたい場合は
WeChatで頼めばいい。


















今日、第一日目の夕食。

おいしく完食。運動しないとこれは太りそうだ。



外に出ないと時間は長く感じるのかな。



日本のテレビ番組を見て、実際の時間を見たら
1時間遅いっていうのもあるな。


ネットの不自由さはあるけど、この部屋で14日。


貴重な体験のはじまり。





2020年11月26日木曜日

中国への渡航リベンジ前夜


いよいよ、明日。

いつものように、成田に前泊。


大陸に飛ぶ準備は整った、はず。


昨日にはPCR検査とIgG抗体検査を受け、

無事に陰性証明を取得。



指定された病院での証明書がないと

飛行機に乗ることができない。



PCR検査は、小さな容器に書かれた線のところまで

唾液を出さなければならず、

座らせられたところの壁には梅干しやレモンの写真が

貼ってあるのを見て、きっと大変な人もいるんだろうなと。



この検査は保険や補助金などもなく、割と高額。


このままだと、頻繁に行き来をすることは難しい。



そして中国大連に着いたら14日間は隔離されることが

わかっている。



それも楽しもう。



色々と持っていきたいものが増えて、

荷物は多くなってしまった。


苦手なパッキングと格闘し、結果持っていくために用意

したものをいくつか諦めることに。



隔離生活用のものや、現地から依頼されて運ぶものもあり。


何よりも予想外の長い日本滞在で精神的には根を下ろしつつ

ありつつ、やはり今しかない。



ひとまず、明日の今頃どうなっていることか。



いってきます!




2020年11月12日木曜日

手ぶらのススメ


「身軽が好きなんで」


中国語授業の雑談中に生徒さんが話してくれた。


「国内旅行や、ちょっとした短期間の海外旅行なら、

巾着袋一つでいきます」


着替えはなし(洗って乾かす)。


スマホとマネークリップはポケットに入れて、

後は最低限の化粧品とタオル程度で良いらしい。



そんな旅もいいだろうな。


バックパックやスーツケースがあると、

なんだかんだ満たしてしまうのだから。


大きな本棚があれば、本をたくさん揃えるだろうし、

広い壁があれば絵を飾りたくなるかもしれない。


デジタル製品の容量だって大きければそれなりに

埋まっていき、クラウドだなんだってキリがない。



何かが足りない、と困った時に

それで初めて本当に必要な物は何かがわかる。



実際にやってみたら、それでもいけちゃうんだろう。


なくても大丈夫だ、に気づくことができる。



大抵、どうしても欠かせない物は既にある。




2020年11月8日日曜日

見えない心に色を塗る


夕方。

いつものように走りに外へ。


前には、ペットボトルの水を何かに注いでいる人が。

植え込みに水をかけているようにも見えるが、

どうも、そうでもなく何か一点に向けて。


そして、じっと様子を観察している。


近づき、その場を追い越してようやくわかった。


ミミズに水をかけていたんだと。


これは想像。


ミミズが乾燥して水を求めているのを感じて

水をかけていたんだろう。



その直後。


「きっときれいな心の持ち主なんだろう」


そんな風に感じている自分に、


「あれ?」


なぜそう思ったのか。



人のある一つの行動を見て、それだけでその人が

どのような人なのかを自分の中で作っている。



自分の経験や価値観と照らし合わせて、

「自分だったら」

これを軸に行動に至った理由をその人の心に

求めてしまうんだなということが今更ながらわかった。



心の色は誰にも見えない。


いい人がいるのではなくて、その人の行動を見た人が

自分の価値観で「いい」と思うだけなんだ。



評価するのは、見た人。


それを気にしすぎるのは、

極端に言えば見えない誰かの価値観に近づこうとすること。



同じ見えないものならば、自分の方にまず寄り添ってみても

いいんじゃないかと感じながら走った日曜日の黄昏時。




2020年11月5日木曜日

25年後のノーサイド


何年経っても特別な日は同じように。


このブログでも何度か書いているこの日のこと。



思い出すのは高校ラグビー最後の試合のこと。


つまり部活の引退試合。


断片的ではあるものの、今でもはっきり思い出せる。



ボールの感触。


聞こえた声援。


そしてノーサイドの瞬間。



大学でもラグビーをやっていたけど

リーグ戦とトーナメントの違いもあるのかもしれない。


この日は記憶に深く刻まれている。



その経験は、ずっと支えになるもので、

最高の選択をした自分に対して

「よくやった」と思い伝える。



きっと、以前はできなかったことに目を向けて

やりきれなかったことや、「もっとこうすれば」

のような後悔の気持ちもあった。



今はただ、打ち込んだ時間と最後までやったこと

自分の中にある体験と記憶に感謝したい。



そんな、11月5日。




2020年10月27日火曜日

見える世界は自分で決める


人は言葉でつくられる。

そんな側面もあるだろう。


ある一人の言葉、
音声だったり、文字だったりするのだけど
かなり多く(もしかしたら一番か)触れてきた。


心屋仁之助さん。




それはきっと、
整備された道ではなく、
時には未知なる道を進むこと。


誰かの価値観ではなく、自分の軸で生きること。


いつからか、
毎日ブログを読むことが習慣になっていて
本を読んだり、ポッドキャストを聞いたり。


特に自分にとって大きな変化がある時。


会社を辞めて、独立する時。
その後、先行きが見えない(今もそうだ)時。


婚約者と別れ(振られ)た時なんかも。


救われた言葉がある。
それは今となっては、もう自分のベースだ。






















本は、ある意味で総復習。


考えの根本になっている、
どんな前提で世界を見ているのか。


それはたとえば。


運がいい人と運が悪い人がいるのではない。


「自分は運がいいと思う人」

「自分は運が悪いと思う人」


がいるのだということ。


「あの人は運がいい」と言う時には、

「私はあの人のように運が良くない(と思う)」


が奥底にある。


それによって、世界の見え方が変わる。


「いい」前提なら「いい」物事に対してアンテナの
感度が高くなるからだ。


結局のところ自分で決めるものなのだから、

「いい」と思っていればいいよね。




2020年10月26日月曜日

人とともに生きる商店街


高円寺に行くと、商店街を歩く。


駅から北にも南にも。


生まれた街のこの雑多な感じが好きだ。



ある、指定された寝具店があり行ってみたところ

そこは大正11年から続き、もうすぐ100年。


現在のご主人は三代目だ。



その店の周囲はすっかり様変わりしている。


小さい頃よく行った玩具屋や銭湯は軒並みなくなり、

その分増えたのは整体やストレッチの店舗。



そこに住む人たちの年齢に合わせて、

ということのようだ。



祖父も高円寺の商店街に鞄屋を構えていた。


今までもし続けていたとしたら。


「商店街だって、生きているんだからな」


たしかに、そんなことを言いそうだ。



長く続く店と、入れ替わる店。


生きることは、変わること。




2020年10月25日日曜日

光と影の、秋走る。


夜が来るのがどんどん早くなる。

走り始めたのは夏。
少し涼しい時間帯に、と夕方を選んで
すっかり習慣になった。


同じ時間に外に出ると、もう暗い。


今日は、空が暗くならないうちに走りたくて
いつもより早く出発。


暗いとわからない秋の色合いをゆっくりと
見ながら走る。


そして、だんだんと日が沈む。


色が増えて、一つになり、なくなっていく。



















昼間だとうっすらと空の色と同化してしまう

富士山がこの時間はくっきり見える。


東京までこの光と影が届く存在感はさすが。


月は上の方にあって、一番贅沢な時間帯なんだろう。


涼しくなり、快適に走れる。


季節もまたをかし。



運動の秋、も夏の暑さを知るから言えること。


走る習慣を身につけられたことは2020年の大きな収穫。


走り続けたい。



2020年10月12日月曜日

まだ一年、もう一年。


一年。


2019年は台風の日だった。

2020年の空はとても青く、優しい風が吹いている。


父が台風に連れて行かれてしまったその日、
近くにいることができなかった。


今年は巡り合わせで、父がいるはずの家で過ごす。


できることは、思い出すことだけだろうか。



当たり前の存在のありがたさ。


特にこの2020年は、移動が自由にできないことで
近くにある、会えることに目を向ける機会になった。


今を見るということ、
できることをやってみる、
晴れている日には外に出て走る、
目の前にあるものをありがたく受け入れる。


長いようで、あっという間の一年。


今日の積み重ねは何かを失い、何かが得られる。

同じようで、変わっている。


それでいて、十年経ってもあせない。













2020年8月12日水曜日

未知とメンタル


7月から走るようになって、すっかり習慣になった。

しばらくステイホームで運動不足なのもあり、
はじめはペースもわからず苦しかった。


そこで、ある疑問が生じてきた。



たとえば、
100メートルしか走ったことがないのに
ある日10キロを全力で走れ
と言われたらどうなるだろう。


ペース配分も距離の感覚もわからない中で
ベストを尽くすというのは簡単ではない。


100メートルの全力を基準にしながらどこまで
行けるのか試していくしかないからだ。


結果、途中で力尽きて止まってしまうかもしれない。


それを「メンタルが弱い」と言うだろうか。


スポーツの場面ならば、逆に賞賛されるかもしれない。


ただ、日常やビジネスにおいてはそうではないだろう。
できないことを精神力やストレス耐性の弱さで
語られてしまう場面は少なくないように感じる。


メンタルは目に見えないが、人の資質として
ある種の指標になっているが、本当に
それがふさわしい場面なのかどうかは見極めが必要。


知っているか、知らないか、に起因することもある。


そのギャップの存在に気づいているか。


中国語では、コミュニケーションの意味に
“沟通”の字を用いている。


日本語にすると、「溝を通す」だ。


つまり、ギャップが存在するところに
何かしらの手段で歩み寄り、意思を通じ合わせる
行為がコミュニケーションなのだ。


自分で勝手に相手も同じだという前提を勝手に
作り、思い込んでいないか。


違いを認めることが第一歩。























そして、走り続けることができる時間や距離を
これから伸ばしていけるか。


メンタルに頼らず、
新しい領域を少しずつ知っていきたい。



2020年5月24日日曜日

いつからでもはじめよう


日本にいる期間が長くなり、
基本的に家にいることが多い日々。


オンラインでの飲み会もおもしろいし、
そんなに出かけなくても、だんだんと
その過ごし方を自分なりに磨いていくものだ。


その一つとして、
映画をたくさん観る、
もいい。


インド映画が好きで、探していたら見つけた。
舞台はニューヨークなのだけど。


『マダム・イン・ニューヨーク』


ニュージーランドで英語学校に行っていた時
のことを思い出し、楽しい気分になった。

















はじめて行った海外。


行く時はシンガポール航空のCAさんが
何を言っているのかもわからず。


ノープランで現地に着いてから結局
英語学校に通うことにした。


アジアやヨーロッパから来ている人たち
と唯一コミュニケーションができる手段として
英語を学び、使うおもしろさを知った。


















外国語は使うためにあるんだってことに
気づいてからは上達がとても速かった。


そして何より毎日が楽しかった。

















ホームステイという体験も、もちろん初。

部屋が広くて、
あと、電圧のせいかお湯が電気であっという間に
沸くのをみて驚いた。


夜には南十字星を探してみたり。


ラグビーを観たり、チームに入ってプレーしたり。


そうそう、ニュージーランドを選んだのは
ラグビーを感じたいからだった。




そんなことを、映画を観ながら思い出した。


そして、今になって
これから全く新しいことを学ぶのもいいんだなって。


きっと楽しめる。



2020年4月10日金曜日

8年経って、東京で迎える春。


東京に戻ったのは、旧正月の直前。
一年の中で最も寒い時期だった。



中国の大型連休に合わせての10日間ほどの一時帰国
を予定していた。


実際に1月28日に成田から大連への飛行機に乗っていた。
いつものように映画を一本ちょうど見られる時間。


そろそろかな……大連の上空まで飛んだものの、
当日大連は雪。
降り止んだ後も視界不良のため着陸許可が下りない。


旋回しながら天候回復を待つ。



1時間半ほど、待ってみる。



映画は2本目が見終わろうとしている頃、
機長からのアナウンス。


「成田に引き返します」


乗客はとても少なかった。
特に不満の声も上がらず、静かに帰る。



乗るはずの便がキャンセルになったことはあるが、
既に乗って、到着地上空まで行って戻ってくるような
経験は初めてだ。



成田に到着すると、翌日の便に振り替えになる
という案内が。


それでもよかったが、状況からして急いで戻る必要
もなく、先延ばしにして様子を見ることに。



その後はフライトの減便……



戻っても14日自宅隔離……



戻ったら14日強制指定ホテル隔離……



ついにビザの停止(入国不可)に。



ということで10日間の滞在予定が、もうすぐ3ヶ月。



予定していなかったが、前回書いたように
日本に会社設立の準備もしながら。


流行りのリモートワークで中国の仕事を日本で
動かしながら。(例年に比べると相当少ない)



2012年に香港に行ってから8年。
久しぶりに東京で春を迎えることに。























先のことは、わからない。
どちらかというと悲観的な意見が多いし、
楽観的に考えてもコントロールできないことは
どうしようもない。



ただ、確かなのは

普通にできていたことの価値が高まって、
今後の楽しみが増えたということ。



何があっても、原点に帰ればいいのだから
動けるようになったら



行きたいところに行く。


会いたい人に会う。



2019年1月21日月曜日

風に向かって飛ぶカモメ


大連の星海広場へ。


ここの冬は乾いて、冷たい。
強くて身を刺すような風が吹く。




















カモメは風に向かって飛んでいくようだ。



空気の抵抗や摩擦を活かしながら。



舞い上がったら、流れに乗るだけ。





















何かストレスを感じている時は、
きっとその抵抗を活かして違うステージに
上がっていける時。



2019年が始まったけど、
中国は旧正月前の年末ムード。


さて、今週は上海。
何があるか、楽しみ。



2018年12月29日土曜日

『奇跡のリンゴ』と強い根っこ


2018年仕事納め、そして移動中。


南国に向けて、現在上海で待機中。
時間があるので、最近読んだ本について。



奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家-木村秋則の記録



リンゴは、無農薬では作れない・・・



そんな常識と戦った一人の農家の物語。



試行錯誤する中で、樹の本来の生命力を引き出していく。



弱り切ったリンゴの樹は、自然に近い土の中で
地中に根を強く張り、そこから甦っていく。



途中で、稲の話も紹介されている。



田の耕し方は、粗くする。


はじめは、生育が遅いように感じられるものの
その間に根を張らせ、その後急激に稲が伸びる。




それは人の生き方にも通じる。



今の時代、人は本来の生命力を発揮しなくても
生きていけるような環境になっている。



だから薬がない環境、除菌されていない場所では
あっさりと屈してしまう。



学校での勉強や、会社での仕事での成果が
果実だとすれば、
そこばかりに気を取られて、大きい実が育つ
ための水、肥料、農薬を摂取しようとする。



ただ、そのベースになる生命力の根源を
成長する過程でどれだけ強いものとして、
変化に耐えうるものにできたかが大事なんだ。




根の伸ばし方は、人それぞれ。



人に評価されるかどうかに関係なく
自分が好きなことを続けることや、
心の赴くままに何かに打ち込む中に
あるんじゃないだろうか。



そして、人はきっといつ、いつからでも
根を伸ばすことができるはず。



2018年の終わりに、これから来る新たな年に
根を伸ばしたいと、強く願う。





危険から守り給えと祈るのではなく、
危険と勇敢に立ち向かえますように。


痛みが鎮まることを乞うのではなく、
痛みに打ち克つ心を乞えますように。


人生という戦場で味方をさがすのではなく、
自分自身の力を見いだせますように。


不安と恐れの下で救済を切望するのではなく、
自由を勝ち取るために耐える心を願えますように。


成功のなかにのみあなたの恵みを感じるような
卑怯者ではなく、失意のときにこそ、
あなたの御手に握られていることに気づけますように。


(ラビンドラナート・タゴール『果物採集』より)



2018年12月21日金曜日

上海総領事公邸でのソフィア会


月曜日、12月17日のこと。


今年は上海に毎月行っていたが、
最後を締めくくるイベントに参加。



上智大学の卒業生同窓会、ソフィア会。



面白いのは、上海のメンバーは
日本人・中国人、男性、女性とバランスよく、
年齢層も卒業したばかりの人から、幅広い。


今回は、片山総領事夫人が同窓生ということ
で総領事公邸で開催ということとなった。


事前にパスポート番号を登録、当日は
パスポートを持参してチェック。


ただし、厳重な荷物検査などは無し。


さすが上海、以前ドイツ人の銀行家が建てた
ものを使っているとのこと。


総領事と総領事夫人の暖かい雰囲気から
とても家庭的な空気で交流ができた。



思い返せば、上海に来てソフィア会に参加して
みたことから、大事な出会いがあったり
転機になっているような気がする。



海外で生活していて、おもしろいのが
日本にいたら交わらないであろう人たちと
知り合い、同じ目線で話ができるということだ。



同じ原点に戻って語りあえる人がいる、
それがとても心強い。



異文化コミュニケーションの礎は
すでにあの時からあったんだと。



ふと、四ツ谷の土手の湿った空気と
匂いを思い出した。



2018年12月7日金曜日

べきべき、から、あるある。


最近少し心持ちが変わって来たように思う。


★ わたしがあなたを生みました。
だから、死ぬところもきちんと見届けるわ、どうぞ。



このリンクは心屋仁之助さんのブログ。


いつからだろう、このブログを読むのは
毎朝の日課になってた。


何のきっかけで辿り着いたのかも思い出せないの
だけど多分必要な時にすっと入ってきたと思う。


以前、自分では何かとイライラすることが多かったり
何かあると自分がいかんと思うところがあった。


自分なりの「べき姿」があって、そこから外れる
とざわざわして、落ち着かない。


悲しさと悔しさが入り混じって怒りにつながる。


会社を辞めて、自分でやってみようと思う頃から
それが少しずつ変化して来たように感じる。


できるものはできるのだけど、
できないものはそれこそいっぱいあるし、
頑張っても結局うまくできない。


どこかで苦手なことや弱いことがいっぱいある
自分を受け入れるようになったり、


失敗してもそれはそれでいいんだとか、
全体的には楽観的にいた方が結果うまくいくとか、
全然完璧じゃないけど、でもやっぱり自分は
なかなかいいもの持ってるじゃないかと思ってみたり。



まだ、その途上ではあるのだけど。



失うことを恐れて、自分らしさが出せなくて
結局失う。


ああ、なるほど。そんなことも「ありあり」
なんだと。


自分を責めず。


結果それをいい、悪いと思うのがどちらでも
それを感じ切る、ということかな。


それでいいような気がしている。


それは、自分の選択の積み重ねなんだし。


考えてみれば、「べきべき」のレールからは
随分前に外れてたのに、脱線してもうレールには
乗っかれないのにも関わらず、レールから離れる
ことを怖がっていたような感じだ。



もう、戻らなくていいと認めようと今更ながら
気付いたりして。


本当に、必要な時に必要なものに出会う。


そして明日は寒くなりそうだ。



2018年12月4日火曜日

師走る!我走る?


さて、師走。


今年の振り返りはもう少し後でもいいか。


最近のトピックスで言えば、
11月30日大連フラマホテルで開催された
天皇誕生日祝賀レセプションに参加。


平成最後の。


どのような会かと言うと、日中友好を趣旨として
日本の領事事務所や各地方自治体事務所、航空会社
などがブースを設けて来客をもてなすというもの。


中国の政府関係者や貿易団体、
教育機関などの人たちが招待され、
日系企業の駐在員も多く参加している。


この会があって、大連日本商工会の忘年会があって
一気に大連は年末ムードが高まる。


そして、気温も急降下。
ついに氷点下に突入の勢い。



有終の美に向けて。
盛りだくさんの今月。



追われず、追わず。