夕方。
いつものように走りに外へ。
前には、ペットボトルの水を何かに注いでいる人が。
植え込みに水をかけているようにも見えるが、
どうも、そうでもなく何か一点に向けて。
そして、じっと様子を観察している。
近づき、その場を追い越してようやくわかった。
ミミズに水をかけていたんだと。
これは想像。
ミミズが乾燥して水を求めているのを感じて
水をかけていたんだろう。
その直後。
「きっときれいな心の持ち主なんだろう」
そんな風に感じている自分に、
「あれ?」
なぜそう思ったのか。
人のある一つの行動を見て、それだけでその人が
どのような人なのかを自分の中で作っている。
自分の経験や価値観と照らし合わせて、
「自分だったら」
これを軸に行動に至った理由をその人の心に
求めてしまうんだなということが今更ながらわかった。
心の色は誰にも見えない。
いい人がいるのではなくて、その人の行動を見た人が
自分の価値観で「いい」と思うだけなんだ。
評価するのは、見た人。
それを気にしすぎるのは、
極端に言えば見えない誰かの価値観に近づこうとすること。
同じ見えないものならば、自分の方にまず寄り添ってみても
いいんじゃないかと感じながら走った日曜日の黄昏時。
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